米軍旧国鉄標津線床丹3の川鉄橋米軍空襲跡

別海町歴史文化遺産 第11号

  • 認定区分 有形文化財
  • かな名称 きゅうこくてつしべつせんとこたん3のかわてっきょうべいぐんくうしゅうあと
  • 認定年月日 平成30年2月28日
  • 所在地 別海町別海18番41先

 本遺産は、1945(昭和20)年に米軍戦闘機が国鉄西別駅―春別駅間を走行していた機関車を機銃掃射した際、鉄橋に残った銃弾痕です。

 全道各地に甚大な被害をもたらした1945年7月14、15日の米軍による北海道空襲では、当時の別海村もその攻撃対象となりました。

 7月14日早朝、西別駅と春別駅間にある床丹3の川鉄橋付近を走行中の機関車が、空母ハンコックからの米軍戦闘爆撃機コルセア2機から機銃掃射を受け、機関士1名が亡くなりました。攻撃を受けたのは、時刻表上では午前6時28分に春別駅を出発した始発列車でした。
 
 当時の乗客の証言によれば、当日は東の空に雲がかかってり、米軍機の爆音も機関車の音で聞こえない状況でした。走行中の機関車は、突如東の空から急降下してきた戦闘機から機銃攻撃を受け、床丹3の川鉄橋上に停止しました。乗客は少なく、降車して逃げる際にも混乱も少なかったといいます。床丹3の川鉄橋には、現在もこの時の弾痕が複数残っています。

 米軍による別海村への空襲が残した歴史的痕跡であり、本町における戦争の記憶を後世に語り継ぐ上で重要な遺構です。

参考文献

  • 境智洋・山内斉・山内崇「標津線を走る列車はいつ・どこで・どのように襲撃されたのか―別海・標津線空襲を検証する」『釧路論集北海道教育大学釧路校研究紀要』48号(2016年)、1-8頁。
  • 米軍により作成された戦闘行動調書 米国国立公文書館蔵 Record Group 38, 370/44/25/7: Box 342(田中まこと氏提供)
  • 米軍により撮影された機関車銃撃現場写真:米国国立公文書館蔵 Record Group 38, 370/44/25/7: Box 342(田中まこと氏提供)

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